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障害者は社会をやさしくする6.「共生」が差別と偏見をなくす

 

障害者は社会をやさしくする 


 も く じ

 

 1.はじめに

 2.あてがわれた価値基準が障害者排除を生む

 3.「障害者」という言葉は競争社会がつくった

 4.差別と偏見が生まれるしくみ

 5.「弱肉強食」と「共生」の対立

 6.「共生」が差別と偏見をなくす 

 7.「共生」の第一歩は「スローテンポ」から

 

6.「共生」が差別偏見をなくす

 

この社会は、弱者にまで「弱肉強食」の考え方を押し付けてくるのだから、その反対に、「弱肉強食」の考え方に染まってしまった人たちに対して「共生」の考え方を受け入れてもらうことはできないだろうか。

「弱肉強食」や「弱者の切り捨て」は民主主義のルールに反する。にもかかわらずそれが容認されるのは、多くの人々に差別偏見があり多数派を構成するからである。差別偏見をなくすことが、民主主義の第一歩であり、弱者が欲深い連中の食いものになることを防ぐために真っ先に解決すべき課題である。

欧米における自国第一主義は、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ(AALA)などに対する差別偏見に端を発している。自分たちの豊かさは、植民地時代から一貫してAALAからの収奪の結果であることを覆い隠すために、AALAの国々を後進国に仕立て上げ、いまだに文化水準が低く怠け者の劣等民族だと吹聴して差別と偏見をつくり出している。

浮世絵、歌舞伎や江戸の町民の暮らしなどに代表される日本の庶民文化は、世界に誇るべきものだと信じる。AALAの国々にも同じような優れた文化が存在したが、欧米や欧米追随の日本ではその存在は隠され抹殺されている。

AALAの文化は、どちらかといえば「共生」を土台にしており人を大切にし弱者にやさしい。それに対し、欧米の文化は「弱肉強食」を肯定、戦争を正当化し、強い者や権力、豊かさをことさら美化する。

「弱肉強食」を正当化する欧米文化に染まってしまうと、知らぬ間に差別や偏見を植え付けられ、大国主義や経済至上主義が世界を都合よく支配し、勝手な取り決めを連発しても、何の疑問も抱かなくなる。

 差別や偏見をなくすためにはどうすればよいか。ここに明快な解答がある。

 あるとき友人が言った。「白は清純、清潔、正義、黒は不純、悪徳、腹黒いを象徴するから、黒より白がきれいだと感じるのは人間本来の感性から来る。」

 これは白人礼賛、黒人蔑視の偏見だと思い、「じゃお前は、黒髪より白髪の方が好きなんだな」と言い返した。彼は「問題をすり替えている」と言い、議論は平行線となった。

茶色のマウスを使って実験をしていると、白や黒のマウスは病的で気味が悪いと感じる。黒マウスを使うようになると、最初は気味が悪いがすぐに慣れる。慣れると、最初気味悪がったのは偏見だったのだとわかる。いったん慣れると、時間が経っても気味悪さや違和感が復活することはない。これらは実体験から得られた。

偏見を持たないためにも、出来上がった偏見をなくすためにも大切なことは、慣れ親しむことである。最初は戸惑ったり違和感を覚えたりしても、慣れれば親しみを感じ、喜びを共有できるようになる。

これこそ、まさに、すばる舎メンバーが声明文で主張していたことである。誰もが差別や偏見なく障害者と付き合えるようにするためには、障害を抱える人たちも地域で暮らし、障害者も健常者も一緒に生活すべきである。

共生社会を目指すなら、障害者を集めて養護学校や施設に収容して社会から隔離するのは間違っている。特別な訓練やリハビリが必要なら、それは受ければよいが、障害者を隔離する必要はない。

障害者と慣れ親しんで自然に接するようになれば、障害者の優れた特性や個性がわかるようになり、人と人との関係が生まれる。

ダウン症の子を持つ親たちが口々に言っている。「この子が生まれてから家族みんなが優しくなり家庭が明るくなった。我が家に天使が来てくれたようだ。」

天使を社会から隔離するのは、どう考えても間違っている。おばあちゃん子は、大人になっても高齢者に対する偏見がない。核家族化と収容施設への隔離が高齢者差別を生んでいる。

ユダヤ人とパレスチナ人が同じ学校で共に過ごすと、大人になっても互いに偏見がなく紛争が起きても冷静に判断できるようになる。白人と黒人が同じ学校で過ごすと黒人差別はなくなる。法的には差別のないはずの米国だが、黒人差別が一向になくならないのは、偏見を持つ大人の言動によって子供が知らぬ間に教育されているからである。

トリーチャーコリンズ症候群の子は、顎や頬の骨の成長が不完全で顔が変形する。初めて見ると戸惑いはあっても同じクラスで一緒に過ごしているとみんなと仲良しになる。

人間の価値は皆等しく、幸せになりたい気持ちも皆同じである。それなのに、この社会の支配者たちは、都合のよい価値基準を押し付け人間の価値に間違ったランク付けをする。

この国が支配者たちの価値基準でランクの高い人間ばかりになったなら、とてつもなく退屈でつまらない国になってしまうだろう。例えば日本人がみんなアインシュタインのような優秀な物理学者ばかりになったと想像したらわかるだろう。

多様な人間、多様な価値観が存在するから、人は刺激を受け感動し、優れた文化や芸術が生まれる。

植松容疑者が、事件のあった津久井やまゆり園での仕事を経験しながらも差別と偏見がなくならなかったのは、最初から障害者を差別と偏見の目で見ていたので、心の交流が生まれなかったためだと思われる。

そのことに気付きながらも対応できなかった津久井やまゆり園は、この点に対する反省と対応策を出せないなら、それだけでも存続させないほうがよい。

7に続く

 

Sまだまだ

2017.4.8第1稿

2017.5.10改定第2稿

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