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障害者は社会をやさしくする5.「弱肉強食」と「共生」の対立


障害者は社会をやさしくする 5



  も く じ

 

 1.はじめに

 2.あてがわれた価値基準が障害者排除を生む

 3.「障害者」という言葉は競争社会がつくった

 4.差別と偏見が生まれるしくみ

 5.「弱肉強食」と「共生」の対立 

 6.「共生」が差別と偏見をなくす

 7.「共生」の第一歩は「スローテンポ」から

 

5.「弱肉強食」と「共生」の対立

 

 もともと価値基準は人によって異なるものである。人間は多様性のある生きものだから、誰にでも共通の価値基準などあるはずがない。それでもあえて誰にでも共通して大切なものはないだろうか。

 人間は一人では生きていけない。喜びも悲しみも誰かと共感し合い確かめ合って生きている。無人島で一人だけ幸せに生きていける人はいない。だから大切なのは、多様な価値観を互いに認め合って共に暮らすことである。それを「共生」という。

 他人を不幸にしてでも自分だけが幸せになりたいと願う欲の深い連中たちも、人から認めてもらいたい。無人島での生活は御免で、家族や友人たちの狭い世界に居場所を求めるし、同じ価値観を持つ仲間からも認められたい。他人に見せるために高級車に乗り、人がうらやましがるような豪邸を建てる。

さらに多数から賞賛されたいから、忌まわしい過去を封印し、これ見よがしに慈善事業にマネーを投じマネーの力を誇示する。だから、「共生」の価値は万人に共通するといえる。

 しかし、欲の深い連中が、収奪した相手からも賞賛されたいと願うのは一方的で、自分の正体を隠さなければならない。それは喜びや悲しみを共有する「共生」ではない。なぜなら彼らは、この社会を「弱肉強食」の社会とみなし、弱者を食いものにしてきたからだ。「弱肉強食」「共生」とは対立する。

今、社会を二つに分断する最も明確な対立は、「弱肉強食」か「共生」かの対立である。それは自分あるいは仲間の利益が第一か、あるいは全ての人の幸福が大切かの対立である。

最近の保護主義とグローバリズムの対立も、原発、沖縄、福祉、医療などをめぐる対立も、「弱肉強食」か「共生」かの視点から見れば、対立構図が明確になる。

保護主義とは、地産地消や地域活性化を唱えるなら「共生」の立場にあり、移民排斥、自民族や自国第一主義を唱えるなら「弱肉強食」の立場にある。

原発、沖縄、福祉、医療などの問題についても、「日本の経済を守るため」や、「安全保障のため」と言って、少数者を切り捨てるなら、「弱肉強食」の立場にある。

植松容疑者の「障害者は不幸をつくるだけ」という言葉も、弱者切捨ての「弱肉強食」の立場から出ている。

二つは真っ向から対立するが、「共生」の論理をあからさまに否定できる人はいない。それに対し、「弱肉強食」とは、改めていうまでもなく民主主義のルールに反する。そもそも民主主義とは、「共生」を前提にしたものである。

だから「弱者を食いものにする」とか「弱者を切り捨てる」などと堂々と言われることはなく、いつも「我々の生活を守るため」とか「国の経済発展のため」が強調される。

民主主義に違反するにも関わらず、「弱肉強食」の考え方や「弱者切り捨て」が容認されるのは、この社会では、力のある者や多数派に従ったほうが自分にとって有利だと思う人が多く、そういう人たちが多数派を構成するからである。

少数意見を排除するための多数決が民主主義だとみなされ、利益や負担の配分が多数決で決められる。こうして強いものがますます強くなり、弱者はますます弱くなっていく。

6に続く


Sまだまだ

2017.4.8第1稿

2017.5.10改定第2稿

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