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『咲ききれなかった花』 イ・ギョンシン著 梁澄子訳 ☆☆☆☆☆

咲ききれなかった花

  イ・ギョンシン著 梁澄子

  アジュマブックス2021年 2700円+税

  ☆☆☆☆☆

 

 美大を卒業して社会に放り込まれ、自分は何をしたらよいのかと悩んでいる著者が、ひょんなことから元従軍慰安婦たちを支援することになった。この本は、年齢の差を越えて生まれた友情と、互いの自己実現の物語である。それは、絵を教え、絵を描くという関係の中から始まった。

 トラウマ体験は「忘れなさい」「忘れましょう」では解決にならない。人は何かのきっかけがあって自分を見なおす。それがあってはじめて行動し、人と関る中でさらに成長していく。この物語は、深い心の傷をいやすための、模索と実践の記録だとみることができる。

 

心の病の治療において、今ヨーロッパを中心に、保守的で権威主義的な精神分析が見直され、代わって認知行動療法が注目を集め、大きな成果をあげている。精神分析は、いつも決まって権威者の解釈を押し付けてくるが、認知行動療法は常に事実から出発し、事実を冷静に見つめようとする。

不幸な事件には必ず原因がある。被害者がいれば加害者がいる。自分に起こった不幸な事件にも原因がある。それは、自分を冷静に見つめることから始まる。この物語に登場する元慰安婦たちの内面の変化を整理してみよう。


自分は恥ずべき存在だから、誰にも言えなかった。悔しい思いを隠して、何とか必死に生き延びてきた。やがて歳をとり支援施設に入居した。

生活にゆとりが生まれたら自分自身を見つめるきっかけができた。回りの人たちを見ていたら、被害者を支援しようとする人たちがいる。世間も見捨てたものではない。

そこにたまたま若くてやさしい絵の先生がいた。少しずつ話してみたら大丈夫だった。理解してくれた。信じられる人には、わかってもらいたいと思うようになる。そうやって会話を交わす中で、自分の過去を振り返ってみる。

加害者がいて被害者がいる。しかし世間は、被害者を恥ずべき存在として社会の隅に押しやってきた。自分はその被害者なのだ。

それまで心の奥底に押し込まれ、誰にも言えずに溜まっていたものが自然に吐き出される。吐き出すとすっきりする。そして理解を示してくれる人たちと、悲しみや無念の思いを分かちあうようになる。

自分の思いをもっとわかってもらうために、試しに絵で表現してみた。思いのほか伝わった。もっと的確に表現したいから表現テクニックを学ぶ。試行錯誤がくり返される。

絵を介して自分の思いが伝わり、見た人に感動と喜びを与える。身近な人たちに限らず、展覧会に出して多くの人たちに見てもらいたい。

展覧会では、絵を見た人が感動してくれる。もっともっと訴えたい。自分の体験は、忌まわしい出来事であっても、恥ずべきではない。次世代にきちんと伝えなければ、同じことがくり返される。そう思い、自ら行動するようになった。

彼女たちは、世界を見つめ社会を見つめ自分自身を冷静に見るようになり、ついに自分自身の生き方を見つけた。これはまさに認知行動療法の実践である。

 

ただし、この本のよさは、そんな理屈にあるのではない。もちろん、どのように読むかは読者によって違ってよいのだが、とにかく理屈ではなく心に響く感動の物語なのである。だから素直に読んで感じて欲しい。それをわかってもらうために、感動で思わず泣けてくる名場面を紹介したい。

老女二人が向かい合って手をつないでいる絵があった。まだ制作中である。

著者は、南北友好を訴えたいのだろうと思っていた。しかし、実際はそんな軽いものではなかった。

同じ慰安所にいた若い二人が、日本の敗戦とともに北と南の故郷に分かれて暮らし、朝鮮戦争によって完全に引き裂かれた。

時は流れた。東京での国際会議で、北の日本軍性奴隷被害者が証言した直後、一人の老女が壇上に駆け上がった。そして老女二人が抱き合って泣いた。50年ぶりの再会だった。それを見て、会場に居合わせた全員が泣いた。

壇上で抱き合った老女の一人が、そのときとめどもなく湧き上がってきた思いを、何とか絵に表そうとしているのだった。

また別の話である。

一人の画家が69歳で亡くなった。

亡くなる前に「あと2年だけ生きたい」と言っていた。彼女は、過ぎた時間を取り戻そうと誰よりも懸命に生きた。

「絵が自分の人生で最も楽しいことだった。やっと目標ができ普通の人生を送り始めたのに残念だ。日本政府は私たちが死ぬのを待っている。無念だ。」という言葉を残している。

 

この本を紹介するなら、一部の日本人が拒絶する問題にも触れなくてはならない。

日本では「従軍慰安婦」の問題は、日本と韓国の間の政治問題であり、すでに解決済みとされている。いろいろと主張はあるだろうが、それでは問題の一面しか見ていない。

ヨーロッパや、韓国をふくめアジア各国では、戦時中の女性虐待の象徴のように扱われている。そもそも「従軍慰安婦」と呼ぶこと自体が、実態を誤解させる。海外では、「従軍慰安婦」被害者のことを「日本軍性奴隷被害者」と呼び、旧日本軍の組織的慰安制度を指すときは「日本軍性奴隷制度」という。

日本軍性奴隷被害者はフィリピン、台湾にもいるし、在日朝鮮韓国人の中にも日本人にもいる。日本軍が占領した地域には必ずいる。

だが、日本軍に限らず、古今東西、戦争があれば女性の性被害があったのは確かである。ということは、戦争による性被害の問題は、平和を願う世界の誰もが考えなければならない問題である。

被害者を生まないためにどうすればよいのか。当然、戦争がなくなれば解決する。戦争によって被害をこうむるのは、いつも社会的弱者である。真っ先にあげられるのが女性と子どもだ。性奴隷被害は、戦争被害の代表か象徴のような存在である。

「日本軍性奴隷被害者」の問題は、確かに日韓の問題ではなく、誰もが考えなければならない問題である。だから、日本人も考えなければならない。

世界の誰よりも、世界に向かって平和主義を叫ぶのが日本人なのだから、誰よりも先に考えなければならない。何故なら、平和主義を実現しようとするなら、過去の過ちをくり返してはならない。そのためには、過去をきちんと見つめる必要があるからだ。

それに気付いた日本人も多い。気付いて理解する人がいたから、この本が日本で翻訳され出版された。アジュマブックスは、この本を出版するために日本の女性がつくった出版社である。

 

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