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誰もが活躍するためにはどうするか ――個性を引き出す方法

誰もが活躍するためにはどうするか

――個性を引き出す方法

 

 誰もが活躍するということは、誰もが自分の得意技を発揮して、誰もが喜び誰もがハッピーになるということである。多様性を尊重する社会とは、元来、それを目指すものであった。

 資本主義の考え方が世界を支配するようになって、人々の価値判断の基準が一つの方向に向かっていった。カネの量やカネを生み出す能力をモノサシにして、物事や人間を評価するようになってしまったのだ。

 その結果、格差が拡大し、ハッピーになったのは一部の特権階級だけだ。大多数は特権階級に飼いならされた家畜になるか、そうでなければ貧困に苦しむかしかなくなった。

 所有するカネの量やカネを生み出す能力で人間の価値が決まるわけがない。そもそも、人にモノサシを当てて一律に評価すること自体が間違っている。人の尊厳を無視している。

 多様な人々の誰もが活躍するには、多様な人々それぞれが持っているものを引き出し、輝いてもらう必要がある。輝く前の原石を個性といってもよいだろう。誰もが活躍する方法とは、個性をひきだす方法のことだと言える。

 

若者たちは、「個性的」になろうとして意味も内容も考えずに目立とうとする。この傾向は、時代が変化し社会が経済優先になった頃に始まったようだ。

「注目されたい」「認められたい」と思うのは、どの人にとっても当然のことかもしれない。社会で生活する人間が、その社会から評価されたいと願うのは、実に健全だ。

個性的」とはどういう意味なのか? そして「個性」を活かして社会で活躍するためには、本当はどうすればよいのか? それを改めて考えてみよう。

 

1.「個性的」という言葉が歪められる

企業間の競争が激しくなると、企業は、経営戦略を経営の専門家に委ねるようになった。専門家たちは、消費者の購買データを集め、効果的に購買意欲を掻き立てる方法や、効率のよい集客方法などを検討する。そうして、効率的なビジネス戦略が出来上がる。

企業は、我先にと評判の戦略に乗っかろうとする。メディアも学者も、それを「ビジネスの王道だ」と言って吹聴する。

どこへ行っても同じ店づくりで同じ商品を、同じ宣伝文句で並べている。このビジネスのワンパターン化を、「個性的なやり方」だといって美化するのである。

「個性」の喪失は、消費者にも向かった。

消費者は、ワンパターンの宣伝文句に乗せられ、それが、幸せなのだと思い込まされ、満足した気分にさせられる。ビジネスにとって、消費者の本来の「個性」は邪魔なのだ。消費者は、宣伝によってお買いものロボットに教育される。

その宣伝に利用されるのも、「個性的」という言葉だ。

あの「個性的」なタレントは、この化粧品を使い、こんなバッグを携え、このスマホを使い、こんなアプリに夢中である。「個性派」は、これにならわなければならない、と宣伝がくり返される。

 

2.「個性的」という言葉はさらに都合よく利用される

「個性」の喪失を被い隠すためにことさら「個性的」と強調されている。

ビジネスも人もワンパターン化されてしまったから、社会もビジネスも停滞する。停滞から抜け出すために変化を求める。そんなときにも、ことさら「個性重視」が叫ばれる。

市場経済の信奉者たちは、金儲けにつながるかどうかで人間を評価する。情報過多の社会では、「インパクト」が人を注目させる武器になり金儲けにつながる。それで「インパクト」のある変わった人物や、奇怪なパーフォーマンスを求める。

テレビや週刊誌を見ればわかるように、「インパクト」とは、強烈でしかも利用価値の高い「個性」のことである。この「インパクト」が、人物や物事を評価するモノサシとなった。

ところが、この「インパクト」には賞味期限がある。飽きられれば交代しなければならない。もともと使い捨てなのだから、候補となる人材を常に発掘しておく必要がある。それで、いつでもどこでも「個性重視」を叫んでいるのである。

彼らのいう「個性」とは「インパクトにつながる個性」ということであり、強烈で利用価値の高い「個性」のことである。

 

3.本来の「個性」とはどういう意味なのか?

個性重視」を叫んでお手本を示すことは、「個性重視」に反する。本来の「個性重視」とは、多様性を尊重するところから生まれる。

「個性的」な人間になろうとするなら、教科書に従ったり、学者の言ったとおりにするのも間違いだ。「個性的」な人をまねしたり、「個性的」になるんだといってやみくもに行動したりしても、「個性的」になれるものではない。

本来の「個性」とは、本人がすでに持っている独自の資質や特質のことである。元々ある「個性」の上に、生活する中での経験や、本や人から学習したものを活かして、考え工夫した結果、生まれたものも含まれる。

そして「個性的」という言葉は、「個性」を備え持つ人や物事を大切に思う姿勢や態度を表す。

 人をよく観察すれば、どの人も「個性」のかたまりであることに気付く。人間は一人一人、好みも考え方も違うし、得意技も違う。

想像力の豊かな人、細かなことに気付く人、勘の鋭い人や、一緒にいるだけで心地よい人、声をかけられるだけで安心できる人などは、その気になって見なければ気付かない。人は誰も多様でありそれぞれ「個性」を持っている。

そうした本来の「個性」に気付かないようにして、都合のよい価値基準を押し付け人を家畜のように飼いならすのが、メディアが盛んに強調する「個性重視」という言葉である。

 

4.「個性」を引き出し活躍してもらうために

「個性」を引き出し、輝かせるためには、人にモノサシを当てるのではなく、なによりも多様性に価値を置く必要がある。それができれば、自ずと「個性」に気付く。気付いたなら、その「個性」を大切にすることだ。

ビジネス優先社会は効率を求めて、均一化パターン化に向かってきた。そこでは「個性」という言葉まで、歪められてビジネスに利用された。つまり、都合によって「個性」をランク付けし、ランクの高い「個性」だけを賞賛、美化し、人々の生活や行動までをも、都合よく均一化パターン化してきたのである。

「個性重視」とは、「多様性重視」と同義である。それこそ、「誰もが働き誰もが活躍する社会」を掲げるスローテンポ協会の基本理念である。

個性を引き出すためには何よりも、知らず知らずに押し付けられてきた個性の評価基準を取っ払うことである。それは多様性の価値に気付くことに他ならない。

多様性を認めなければ、金の卵にも気付かない。メディアが特定の「個性」を騒ぎたてることや、「個性的だ」などといった尺度を人間や物事に当てはめることは、本当の意味での「個性重視」ではない。


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