『足尾鉱毒事件と農学者の群像』 山本悠三著
山本悠三著
随想舎 2019年 1400円+税
☆☆☆☆★
公害という社会的課題に、明治の学者たちはどのように関わってきたか。
今、新聞テレビのニュースは、学術会議の任命拒否問題で、学者も政権も官僚も庶民もメデイアも意見が錯綜し、問題が整理されずに混乱している。そんな今だからこそ、本質を見失わないために過去を振り返ることが必要だ。
足尾鉱毒事件は、日本が近代を迎えて初めての公害事件といわれる。前例に倣うことをよしとして変わらない日本だから、明治以降現代に至るまで、公害という問題に対する政府の一貫した姿勢がこのとき決まったと言ってよい。
渡良瀬川は江戸時代からたびたび氾濫をくり返してきた。足尾の銅生産量が増えてくる明治10年代になると流域は洪水による被害だけでなく、鉱毒によって草もはえず米も野菜も採れなくなった。川原には魚の死骸があがり、住民にも皮膚がただれる、下痢をする、などの鉱毒被害が現れた。
古在由直らを中心とする東京農林学校(後の帝大農科大学)の若手は熱心に現地調査を繰り返し、鉱毒被害と足尾銅山との関係を明らかにしていった。
熱心に活動を続ける古在に、研究者にとって憧れの海外派遣の話が出てきた。5年に渡るドイツ留学を終え帰国したのは、明治33年(1900年)であり、田中正造が天皇に直訴する事件の前年であった。古在は、足尾鉱毒被害の学術グループのまとめ役となった。
ところが、大人に成長したのか、意欲を失ったのか。古在は、対立を避ける無難路線に変わっていた。
熱心に発言する研究者は、餌を与えられいつのまにか牙を抜かれる。公害事件が起きるたびにくり返される日本のそのスタイルは、足尾から始まったのかもしれない。この本を読むと、そう思わずにはいられない。
足尾鉱毒事件をテーマとする本は少なからず存在する。だが事件に関わった学者たちを見つめる本は見当たらない。
日本を知るには、日本という社会における学者の役割も忘れてはならない。今、新型ウイルス対策をめぐって、学者が盛んに登場するが、政府に批判的な学者は出てこない。この本を読めば、その理由がわかる。
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