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新型コロナ 他の人たちはどう考えているのだろうか『新型コロナ19氏の意見 われわれはどこにいてどこへ向かうのか』☆☆☆☆☆

新型コロナ


 他の人たちは


  どう考ているのだろうか


新型コロナ19氏の意見

      われわれはどこにいて、

                     どこへ向かうのか』


農文協編 農文協発行 20205月 1000円+税

☆☆☆☆☆


 農文協編集部が、広い分野の人々に寄稿を求めたら、19人から集まった。感染症の専門家に限らず、人類学者、探検家、哲学者、ジャーナリスト、料理人などが、ジャンルの壁を越えた視点から自論を展開する。それは、いつもテレビに登場するコメンテーターたちの発言よりも、格段におもしろく新鮮だった。

 刺激的な発言ばかりだったが、その中でもウイルスの立場になって考えよ」という意見には驚くとともに、発想を変えさせられた

ウイルスの立場で考えるなら、人に感染して人が死んでしまったら、自分も生き延びることはできない。ウイルスは、もともと感染者との共存を求めていたはずだ。何かの間違いで、人を殺すようになってしまった。その間違いは、何故生まれたか。悪いのはウイルスではなく人間であった。

 読みながら考えたこともまじえて、自分なりの言葉で紹介しよう。


 メディアも政治家も、新型コロナを、あたかも悪魔かテロリスト集団のように表現する。そして人類の敵だとして、人々を敵との戦いに駆り立てようとする。

 思い起こされるのは、9.11同時多発テロ直後のブッシュ演説だ。「共にテロと戦うか、戦わなければテロの側とみなす」と宣言し、協力しない国も敵としたのだ。

 戦争中は、敵味方をはっきり分けなければ戦えない。平和なときも、敵と味方に分ける発想の人がやたらとくなった。人々は、知らぬ間に敵か味方かの発想を強いられるようになった

 人類は古来から戦争に明け暮れ、勝利すれ根こそぎ収奪、敗北すれば全てを失い死ぬか奴隷にされた。その繰り返しの中、ひとたび勝ち得た財産権力は、自分のものとして手放したくなかった。強いものが勝利をつかむのだから、自ずと権力の集中が生まれた。

 ヨーロッパでは、近代になって個人主義が生まれた。個人の利益追求をとことん美化するようになってから、自由、権利、義務の言葉が生まれ人権の概念もできあがった。社会契約論が展開され、政治は利益の分配が目的となった。経済学という新しい学問いかにして利益を増やすかを追求するものである。警察も裁判も個人の利益を守るためにあり、医学や物理学などの学問はさらなる利益追求のために利用されるようになった

 個人の利益追求をとことん美化したから、それを邪魔するものは敵とされた「ウイルスは敵だ」の発想は西欧近代の発想ではないだろうか考える。

 だから西欧人にとっては、新型コロナを敵とみなすのは自然のことなのだろう。新型コロナとの戦いが宣言される中、新型コロナは何を思い、どうしたいのだろう?」と考える人がい

もともと自然界で、ウイルスは動物に住み着いて平和に暮らしていた。平和共存していたのだ。そこへ人類が侵入してきて、動物を捕まえ食料にした。食うだけでは飽き足らず、効率化のために家畜にし、さらに乳絞りまで始めた。

 家畜との濃厚接触が、人に新しいウイルスが進入するチャンスを増やした。特に乳は体液そのものだ。牛の乳をそのまま飲んだり触れることは、感染のチャンスを格段に増やした。

 自然の秩序破壊は、農業にもいえる。収穫効率のために、同じものをそろえて植える。もともとあった土地から、自分の土地に移す。農地を開くために、木を切り倒す。こうして開発が進めば、もともと生態系破壊される。人間と接触なかった動植物、人間触れるようになり、新たなウイルスが人間に進入する。

 ウイルスは動物と共存しなければ生き延びることはできないだから、新たに人に感染したウイルス、人を殺そうなどとは思っていなかった。たくさん感染した中、たまたま人を殺すウイルスがあったに過ぎない

 開発が進むにつれて、新たウイルス感染症が急速に増えている。それは自然界の成り立ちを考えれば当然のことである。

 ヨーロッパの植民地にならなかった国々や東アジアでは、ヨーロッパとは違った発想があった。作物は天の恵みであり、自分だけでなく人々に分配しなければバチがあたる。自分を見つめるときでさえ、自然界の一隅に位置する自分自身を見た。自然界には秩序があり、敵も味方もなかった。

 皇帝も殿様も学問を積み、平和で豊かな国づくりを自分の使命と心得ていた。心得のない皇帝や殿様には天命が下り、すぐに代わりが現れた。それは、敵を倒して征服し、収奪するという発想ではなかった。だから、人の命と平和が守られてきた。東アジアの人口の多さは文明度を表すといってもよい。

 自然界から収奪ることを開発といって美化するのは、もう止めよう。開発は病気を招き人が死ぬ。ウイルスを敵と見なし、ウイルスと戦うという発想は間違いだ。全ては人類が犯した罪の結果なのだ。

 ウイルスは敵ではない。人類が生き延びるには、ウイルスと共存しなければならない。

 そのためには、急激な開発を見直し、生態系への影響を最低限に抑える。殺虫剤や人工化学物質、プラスチックなどで自然界に負荷をかけない。それには、産業、生活、政治、経済など、あらゆる領域で発想の見直しと、価値観の修正が迫られる。

 平行して、早急には無理だろうが、少しずつ転換し、抵抗できる範囲のスロー感染をくり返し、少しずつウイルスを受け入れる。そうやってやがて共存するという新たな戦略が期待される。

 消毒の徹底、厳密な防護、感染源の完全隔離、抗ウイルス薬やワクチンの開発に期待するという発想では、ウイルスとの共存は永遠にありえない。新型コロナがいなくなっても、必ず次がやってくる。


N


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