『いつまで続く「女人禁制」』 源淳子編著☆☆☆☆☆
『いつまで続く「女人禁制」』
源淳子編著
解放出版社2020年 1700円+税
☆☆☆☆☆
2018年大相撲巡業の際、舞鶴市長が、土俵上で挨拶をしているときに突然倒れた。たまたま近くに居合わせた女性看護師が、土俵に上がって救命救急措置をしようとしたときに、「女性は土俵から降りてください」の場内アナウンスが流された。
看護師は、伝統よりも命が先だとして、当然の措置を続けた。救急車が到着し市長は病院に搬送された。おかげで命が救われた。くも膜下出血だった。
宝塚巡業では女性市長が土俵下で挨拶をした。市長は、舞鶴での事件を聞いて、男性市長なら土俵の上で挨拶することをはじめて知った。そして、日本相撲協会に、女性差別をするな、と抗議した。しかし相撲協会は、伝統だとして改善はなかった。
これらの出来事が報道されて、「女人禁制」に対する人々の関心が集まり議論になった。しかし長く続くことはなく、やがて話題にのぼらなくなった。
そんなときに「女人禁制」をテーマとするシンポジウムが開催された。宝塚市長もパネリストとして参加した。シンポジウムは、それまで女性差別をなくそうと細々と活動してきた小さな団体や個人が、互いに知る機会となった。
それを契機に、「大峰山(おおみねさん)女人禁制」の解放を求める活動に長年携わってきた編者が中心となってこの本が企画された。
女性差別問題の専門家や活動家など10人が共同執筆する。その中には宝塚市長へのインタビュー記録もある。
弘法大師が開いた高野山(こうやさん)の女人禁制はすでに解除されたが、修験者たちの伝統的な修行の場である大峰山(おおみねさん)は今も女人禁制だ。そのルーツを歴史からさぐっていくと、その根には、女性をケガレタものとみる古来から伝わる一つの信仰にたどり着く。それは土俵の女人禁制にも共通する。
さらに、部落差別やハンセン病差別などもケガレを隔絶するところから生まれた。ただ伝統的な差別は、支配者にとって都合が悪いときはケガレとされ排除されてきたが、都合がよいときは、キヨメの儀式などで重用されてきた。ケガレとキヨメとが一体のものだったことが、日本の差別の構造を複雑にしている。
日本では、男性支配の社会の都合で公娼制度が公認され、遊郭が文化だとして美化されてきた。厳しい修行の後の「精進落とし」が容認されてきたのは、戦後の経済進出時代の東南アジアへの買春ツアーにつながるのだろう。
だから、戦後になっても戦争中の慰安所を当然のものとみなし、従軍慰安婦問題に対して、女性たちでさえ無関心であったり、意識的に避けようとする。
相撲協会の主張する「伝統」が命よりも大切なら、新型コロナウイルスの感染拡大の心配があっても、本場所を中止してはならない。「伝統」に理念がないから、新たな問題に対応ができないのだろう。
読んでいて、ハッと気付かされることばかりだ。一つ一つの文章が、事実に即しており、執筆者が問題点を冷静に見つめていることがわかる。長年に渡って主張してきたことを、わかりやすくまとめたものばかりなので、説得力があり、ずっしり伝わってくる。
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