『語り継ぐ 戦争と民主主義』八角宗林☆☆☆★★
『語り継ぐ 戦争と民主主義』
八角宗林著
あけび書房 1600円+税
☆☆☆★★
この本を読んで、いつまでも記憶に残る言葉がある。
「教育は根気や根気は愛や愛はアイデアや」
これは、著者が高校教師をやっていたころ、ソフトボール部の部活顧問会議に参加したとき、他校の応接室にかざってあった「教育は根気や根気は愛や」という書を見た。その言葉に痛く感動し、さらに著者自身が「愛はアイデアや」を付け加えた。
高校生に向かって「愛しているよ」なんて言ったって伝わらない。心底そう思っていても、それを伝えるにはアイデアが必要だ。
教育に限ったことではない。どんな仕事も根気と愛とアイデア次第だ。この本を読んでから、「本屋は根気や根気は愛や愛はアイデアや」といつも口ずさんでいる。
著者は懸命に生きて考えてきた。それを伝えるために本にした。読者が読んで著者が考えたことがきちんと伝わった。そこにこそ本の価値がある。
この本のサブタイトルには『先の戦争と日本国憲法を根っこに据えて考える』とある。2部構成で、1部は「語り継ぐ父の戦争体験」2部は「語り継ぐ私の民主主義体験」となっている。
1部は父親の戦争体験が中心になる。戦争を挟んで、当時の父と父を取り囲む家族の暮らしが素直な感覚でよく伝わってくる。
2部では、著者が教師という仕事に熱く向き合ってきたことを感じさせる。著者は31年間高校の社会科教師を務め、退職後は地域活動に参加している。
高校生を取り上げる学園ものといえば、単純でわざとらしい、ワンパターンの正義の押し付けを思い起こすのだが、この本はとても率直で新鮮だった。
著者自身が問題をとらえ、自分で考えて行動した跡が伝わってくる。想像力を働かせれば、教師と生徒たちの学園生活がくっきりと浮かんでくる。その主張に、教育委員会の指導や圧力などを感じさせるところはない。冒頭に紹介した著者の名文も、この2部にある。
教育委員会などからの圧力についても、事実を率直に語られている。
日本人は、北朝鮮や中国、シリアなどではびこる独裁のニュースを他人事のように眺めているが、現代日本の学校教育における教育委員会のやることなすことは独裁といってもよい。
さまざまな分野で権力による抑圧が進行している中で、教育は特に重要だ。次の時代の担い手を如何様にでもつくり変えることができるのだから、すでにそこに日本の将来が見えてくる。日本人はそこに危機感を感じなければならない。この本は、自然にそう感じさせる。
読書とは、読者が読者なりに読んで得るものを得ればよい。
確かにそうなのだが、つまらない本ばかりが氾濫している時代に、著者が読者に真剣に訴えるには、ここでも根気と愛とアイデアが必要だ。気付いた点を指摘しておこう。
著者にとってはきちんと辻妻の合う構成になっているのだろうが、読者からの目線では1部2部はそれぞれは互いに独立している。
あれもこれも伝えたいとと欲張っても全てが伝わることはない。ポイントを絞って、1冊の本には、言いたいことを一つにしぼってもらいたい。
1部は、政治的主張抜きで、いわば子どもの目線で戦争というものを見つめる。それは新鮮で発見もあるのだが、著者がこの時代を生きてきた大人なら、大人の目線で見直すことが必要だろう。
戦争は悲惨だ。だから平和がよい。それは誰もが思っている。しかし人間には、一時の平和を犠牲にしてでも守るべきものがある。ベトナム戦争中に民族の尊厳をかけて闘うベトナム人に「戦争は悲惨だからやめなさい」と言えるのかを考えてほしい。
パレスチナ、シリア、クルド、ウイグル、チベット、カレン、ロヒンジャーなどなど、現在も抑圧され闘い続ける民族は多数ある。そこへ割り込んで「争いはいけない。どこまでも話し合いで解決しましょう」などと安易な平和主義を唱えるなら、間違いなく抑圧する側を利することになる。そこまで踏み込んで欲しかった。
2部は、大部分が10年以上前の教員時代の組合の分会ニュースに掲載した記事がそのままであり、編集の手が加わっていない。今真剣に訴えたいなら、根気と愛で書き下ろすべきだろう。その場合のタイトルは断然『教育は根気と愛とアイデアや』にしてもらいたい。内容もタイトルに合わせ一貫させて欲しい。
また、出版に当たって分会ニュースのそれぞれに短い文章が書き加えられているのだが、もし過去の記録としたいのなら、余計な追加はしない。過去を振り返って今の考えを訴えたいなら、全てを書き下ろす。読者としては、当然後者を望む。
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