『魂が目覚める社会科授業』 藤原孝弘著
藤原孝弘著
現代書館2020年 1800円+税
☆☆☆★★★
帯に、「中高生と教育者必読!」とあり、「NHK の名作ドキュメンタリー番組で紹介された伝説の社会科授業が蘇る!」と紹介されている。
読み進めると、確かにこんな授業をやれば、生徒たちもグイグイ引き込まれるだろう、と思わせる。
そのコツは、生徒たちの誰もが興味を抱く話題から入っていくことのようだ。
ビートルズは誰でも知っている。ジョン・レノンもオノ・ヨウコも名曲イマジンも誰でも知っている。そこから、当時のベトナム戦争が泥沼化していった社会状況を解説する。そしてジョン・レノンがイマジンに込めた思いを説いていく。それを、とっつきやすく、わかりやすくやる。
歌詞の1行だけを紹介するのは見事だ。
Imagine all tha people living life in peace.
(想像してごらん すべての人が平和に暮らしている世界を。)
生徒たちは興味があってもここまで深く考えたことはなかっただろうから、想像力が自然に働き、引き込まれていくわけである。
読んでいて考えがめぐり、何度もはっとする場面に出くわす。いくつか印象に残るものを紹介しよう。
・子どもたちには、人が喜ぶことをやって感謝され、うれしいと思う体験がない。大人になるまでも、大人になってからもない。日本はこんな国になってしまった。これは日本の大人の責任だ。
・一人でみる夢は夢で終わる。みんなでみる夢はいつか現実になる。
・人生の進化には3つの段階がある。
1.こうだったから こうなってしまった。
2.こうだったけれど こうなれた。
3.こうだったからこそ こうなれた。
「うまくいかないことを、他人のせいにするな!」と説教するよりも、よっぽど効き目がある。
途中まで「これはおすすだ!」と思って読んでいたのだが、第3章に入って様子が一変した。
自分の教師人生を振り返るのだが、これまでの章ですでに語ってきたことの繰り返しである。教育現場でのエピソードや生徒たちからの感謝の手紙が紹介される。教育に対する自分の主張も展開される。だが、全くの繰り返しだ。
著者は、教育現場から離れたり、戻ったりして、現在は教育関連の団体を立ち上げ、なおも教育に関ろうとしている。どうやら、自分の教育理論やこれまで実践してきたことを認めてもらいたいという事情があるようだ。
教育理論をいくつも展開しているけれども、どれも著者自身が生み出したものではなく他人からの受け売りだ。
第2章まで読んでいてハッと気付かせた場面は、いずれも子どもから大人への成長や進化の過程を示す一つ一つの事例だと言える。
子どもは様々な事件や出会いをきっかけに世界に目覚め、自分を発見し成長する。自分から見えるだけの狭い世界から、広い社会の中の一人の存在としての自己をとらえられるようになっていく。それは自己満足の世界から、社会参加したいと願うように成長する過程と言ってもよいだろう。
一般的に自慢話をくり返す人は、育ってきた環境などから承認欲求が極端に強くなったか、あるいは、まだ自己満足の成長段階にとどまっているか、のどちらかだと言えるかもしれない。
著者自身がそのどちらかだというわけではないが、自慢話の連発が何ともしっくりと響いてこないのは、自分の世界にとどまっていて広い世間を見ていないと感じさせるからなのだろう。
日本で教育に真剣に取り組んでいる教師や教育関係者はたくさん存在する。そうした人たちは、自分の主張をまとめ本にしている。多くは、現実の問題をもっと具体的に取り上げ論じている。
日本の教育を真剣に考えるなら、日の丸、君が代を強制することで子どもたちはどう育つかについてや、いじめ問題に学校も教育委員会も無力であることなどについて、この本の著者はどのように考えるのかを知りたいと思う。直接言及することが難しければ、教育を取り巻く現実の社会に目を向けているということをそれとなく示して欲しい。
そういう意味でこの本は、当たり前の精神論を展開して現実の問題を見ないようにする保守的な本と言わざるをえない。
しかし、第2章までは確かに気付かせるものがある。得られるものは得る、批判すべきは批判する、という態度で読めばよいと思う。
N
いま注目!
»»»こんな本があります»»»
- 関連記事
-
- 『パンデミック下の書店と教室』 小笠原博毅、福嶋聡 著 ☆☆☆★★★ (2021/03/12)
- 『身の回りから人権を考える80のヒント』 武部康広著 「やさしさ」とは何だろうを考えた☆☆☆☆ (2021/03/04)
- 『自己決定権という罠』 小松美彦 今野哲男 ☆☆☆★ (2021/03/04)
- 中南米マガジン29号☆☆☆☆★ (2021/02/05)
- 『足尾鉱毒事件と農学者の群像』 山本悠三著 (2021/01/21)
- 『ニッポン国vs泉南石綿村』制作ノート 原一男+疾走プロダクション編 (2021/01/21)
- 『和紙の里探訪記』菊池正浩著 を読んで 大嶋 寬 (2021/01/19)
- 『魂が目覚める社会科授業』 藤原孝弘著 (2020/12/23)
- 『北海道化石としての時刻表』柾谷洋平著 (2020/12/15)
- 『差別やヘイトと向き合える社会とは』 安積宇宙 ☆☆☆☆★★ (2020/09/25)
- ブルガリアのごはん 絵本世界の食事21 ☆☆☆☆ (2020/09/15)
- 『鉄筆とビラ 「立高紛争」の記録1969-1970』☆☆☆☆☆★ (2020/09/11)
- 『コンゴ共和国 マルミミゾウとホタルの行き交う森から』増補改訂版 西原智昭☆☆☆☆☆ (2020/09/10)
- 『加害者家族バッシング 世間学から考える』佐藤直樹 ☆☆☆★★ (2020/08/27)
- 『本屋がアジアをつなぐ 自由を支える者たち』石橋毅史著☆☆☆☆☆――本屋は変革者たちのたまり場になる (2020/07/30)