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ハンナ・アーレント

文:杉浦敏子 イラスト:ふなびきかずこ

現代書館フォー・ビギナーズ101 1200円+税

 ☆☆☆☆


冒頭に「それは実際に起こった。だから再び起こりうる」とある。ドイツを狂気に陥れた全体主義のことを指している。著者は暗に、それは日本でも再び起こりうる、と言いたいのだろう。

ハンナ・アーレントはユダヤ系ドイツ人だった。ナチスのユダヤ人狩からかろうじて逃れ、米国で言論活動を続けた。戦後、ドイツ出身のユダヤ系亡命者の多くが帰国する中で、彼女は米国にとどまり、米国の自由主義を見つめながら、全体主義の成り立ちとそれを防ぐ方法を思索した。

その主張は、日本の今を見る上でとても示唆に富む。この本は、それを一般読者にも理解できるように、挿絵を使いわかりやすく解説しようとしている。その努力には敬意を表したい。

しかし、わかる人にとっては常識の範囲なのだろうが、専門用語と著名な先人の引用が並び、一般人にはとても難解だ。ビギナーズ向けなのだから、誰にでもわかる言葉で説明してもらいたかった。

私自身も読むのに苦労した。しかし得るものは大きかった。

そこで思い切って、私自身が得たものの中から、読者につかみ取ってほしいところを、自分なりのわかりやすい言葉で紹介しようと思う。もし間違った解釈があれば指摘していただきたい。

 

1.大衆全体主義

大衆がどのようにして全体主義に取り込まれるかについての解析は見事だ。ここがわかれば、今の日本が違って見えてくるようになるだろう。

 大衆は目先の損得勘定に敏感である。さらに、自分の損得は、自ずと他人の損得と対立する。従って、お得感を刺激することで、大衆は利己的になり、他人と協力して何かをやろうということがなくなる。こうして人々がバラバラになることをアトム化という。

 アトム化によって、大衆は社会の中で生きているという感覚を失い、共同体としての人間関係を失う。他人とのつながりの喪失は、大衆に無関心、無力感を生み、何にも頼れない孤立感に支配されるようになる。

そのようなときに、恐怖心をあおれば、大衆全体主義に救いを求める。全体主義に委ねるほうが、抵抗するよりラクだ、トクだ、あれこれ悩む必要もない、と考えるようになる。

全体主義が打ち出すプロパガンダは、単純、明快で、常に一貫性があって変化することがない。誰にとっても当たり前のことを、さも重要な独自の理念かのように装う。だから、個人が支持を表明しても、特別な人だとみなされることはなく、得することはあっても損することはない。

 お得感情を刺激すると、大衆は受動的になる。それを見事なまでに利用しているのが、全体主義が打ち出す福祉政策だ。福祉政策は公権力を増大させるためにも役に立っている。そして大衆は権力に依存するようになる。

 大衆のお得感情は、多数意見を武器とする専制を許し、世論を暴力化させる。それは少数意見を排除することになり、多様性を否定する。

多様性を認めるなら、話し合いはまとまらない。いろいろな意見が尊重されれば、すんなりまとまるはずがない。何事も決まらないという不満までも武器にして、少数意見を排除する。よく考えれば、すんなりまとまるところでは、常に少数意見の排除があり、そこでは進歩が止まっている。国際会議の舞台を見ればよくわかる。

そのようにして、全体主義大衆を取り込んでいく。逆に、全体主義は、大衆の支持がなければ生まれない。

 そして危機が迫ったとき、大衆は何よりもわが身と身内の安全を優先する。家庭や学校で無意識のうちにつちかわれてきた社会常識や道徳は、非常事態の損得勘定によって破壊され、すぐに機能しなくなる。大衆のホロコーストへの加担はそうして起きた。

 

ひるがえって日本の今を見てみよう。

全体主義を戦後の支配層に、大衆を市民に置き換えればよい。

選挙公約には、お得メニューが並んでる。選挙とはお得メニューの選択になってしまった。そこにはどのような日本にしたいのかがない。

核家族化や個人主義が支配するようになって、市民(大衆)はすでにアトム化してしまった。格差が拡大し、大多数は生活に余裕がない。マスコミにあおられるように安定した職業を追い求める。自己実現居場所の確保などという言葉が独り歩きするが、何をやりたいのかがない。

お得感を刺激することで判断基準はたやすく変わる。市民(大衆)はマネーをものさしにして判断するようになってしまった。マネーがなければ豊かな暮らしはないと教え込まれ、マネーを目標に奔走するようになる。技術の進歩が人々を幸せにすると偽って消費を煽られる。芸術、文化、スポーツも豊かな暮らしの一部分だといって消費の対象とされる。

マネーは常に権力と結びつく。マネーを美化することは、即権力を美化することになり、人々を権力に迎合させる。権力は、都合のよい文化をどんどん発信することで市民(大衆)の意識を変え、目先の損得勘定を刺激して社会を見ないようにする。

そして支配層は、いよいよ危機をあおり始めた。

 

エリート全体主義

エリートの見方についても示唆に富む。

全体主義は、学者、芸術家、言論人などのエリート層も活用する。

 大衆エリートに、新しいもの求める。だから、エリートは自分の評価を高めるために、既存の価値感を否定しようとする。かといって、全体主義を否定すれば、抹殺されることを知っている。エリートたちはその狭間で苦悩する。

新しいものを見つけ出せないエリートは、努力しても結果が出ないことを悩み、停滞を打破するものを求める。その行き着く先が、行動主義とそれに伴う暴力の肯定である。わかりやすく言えば、中身がないのに過激になっていくということだ。

それが極端に走れば、既存の堕落した文明を崩壊させるために、戦争までも肯定するようになる。こうして変革という大儀のため戦争を美化することになる。

 戦争の正義は、行動を伴わない偽善を真っ向から否定する。戦争はまた、個人の自由や個人の事情を否定する。だから戦争は必ず全体主義と結びつく。

 変化する時代に新しいものを提示できないエリートたちは、無名であることを求める。過去を拒否するなら、過去の自己アイデンティティーを否定しなければならなくなる。そして、社会からの隔絶するようになる。

あるいは、ハンナ・アーレントのように全体主義そのものを否定するエリートは、その支配が及ばない海外に逃亡する。いずれにせよ、大衆との結びつきをなくす。

時代に迎合するエリートとて、やがて全体主義から切り捨てられる。全体主義はイニシャチブを誰にも渡さないし、役に立たないエリートを許さない。

 

さて日本のエリートたちはどうであろうか。

時代を受け入れた学者、言論人たちは元気に活躍している。時代を批判するもののうち、言論業界が受け入れるものに限っては元気であるが、言論業界が受け入れないものは無視される。そうした人たちはネット社会に居場所を求める。新しいものを提示できない過去の言論人は隠遁する。

見落としてならないのは、言論界もネット社会も、何者かによって操作されている点だ。一般の支持を集められるのは、支配層に容認されたか見逃されたものに限られている。

戦後体制の支配者は、一見穏やかだが、大衆とあらゆるメディアを通じて支配力を強めている。

 

自由の意味についても改めて考えてみよう

 自由とは束縛されない状態をいう。自律した人間は思うがままに行動するが、思い通りにならないこともある。もともと思い通りにならないものについては、「自由が奪われた」と言って騒ぎ立てることはない。

自由が束縛されたか、いやそんな自由はもともと存在しないかの基準は、人によっても、時と場合によっても違ってくる。「明日1億円手に入れたい」という願望も、普通の庶民には不可能な願いだが、可能な人もいる。殺人や泥棒の自由などはないとされるが、これも時と場合によっても違ってくる。従って、個人の自由とは、基準がなく相対的な意味づけしかできない。

しかし、政治的な自由を考えるとき、自由の意味を改めて知る。そして、政治的自由を束縛するものが、あいまいにされ見過ごされてきたことに気付く。

人には奪ってはならない自由がある。新しい世界を創造するために人に働きかける活動を社会活動といい、人は社会活動をしているときに、政治的に自由だといえる。

政治とは、富や利権を分配するためのものではない。また、安全問題や経済問題だけを扱うものでもない。政治とは、人々の言葉を介した公的行動のことであり、多数が自由意志で発言し、議論することである。言いかえれば、政治とは公的な社会活動のことである。政治の場でこそ、人間の生きていることの意味と自由を確認できる。

ちなみに、新自由主義が「小さな政府イコール自由だ」と唱えるのは、政治ではなく政府のことを言っているのであって、それを誤解してはいけない。

では社会活動とは何か。

単に給料をもらうために、指示通りにこなす単純労働や、規格通りのものづくりは、社会参加の一つの形ではあるが、社会活動とは言えない。社会活動は、人々との関係の中に生まれる。社会活動とは、新しい世界を創造するために人に働きかける活動のことであり、人が自由意志で参加し、他者との意見交換の中で進める活動である。その活動は、自分や他人の自発的行動を互いに認め合ったり批判し合ったりしながら進められる。

多数の活動の中から新しいものが生まれ、新しいことが開始される。一旦開始されると、連鎖反応が起こりどこまでも発展し、社会を変えていく。

全体主義とは、人々から社会活動を奪い、人々が持っている政治的自由を奪うものである。

 

 この本は、他にも様々なテーマについて述べているが、さしあたり、今の日本を見つめる上で是非知ってもらいたいテーマだけにしぼり、自分の言葉で解説した。

 ハンナ・アーレントの原著を読むにはハードルの高い人や、原著への導入のために、この本は大いに役に立つだろう。


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