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ことばのバリアフリー

情報保障とコミュニケーションの障害学

 あべ・やすし

 生活書院 2015年 2000円+税

☆☆☆☆★

 

 

 ことばとは、最も身近なコミュニケーションの道具だから、人はことばを媒体に情報を伝えたり、伝えられたりする。自分の権利の主張や、福祉サービスへのアクセスも、ことばを使いこなせることが前提であった。

 ところが、それではことばに障害のある人を排除してしまうことになる。この本は、全ての人に知る権利を保障し、誰もが情報を発信して意見交換ができるようにすることを目標とする。そして、障害を抱える人が社会参加するうえで、日本社会に存在するコミュニケーション障害の問題を整理する。

 要領よく簡潔にまとめられているので、論理的な文章に慣れた人にとってはすぐに読めてよく理解できる。理屈に不慣れな人も、関心さえあれば問題点を体系的に学習できる。

 

 国際社会も国も、「障害は個人にあるのではなく社会にある」とする考え方を受け入れているが、コミュニケーション障害に関してはずいぶん遅れている。

この本は、障害に関する国際合意を、コミュニケーション障害にもあてはめようとするものである。すなわち、コミュニケーション障害は、本人のコミュニケーション能力に原因を求めるのではなく、社会が遅れていて未だ対処できないからだと考えるのである。

 コミュニケーション障害といっても様々あり、指摘されると確かに納得するものもあるし、一般にはなかなか理解しずらいこともある。この本は多くの事例を上げ理解を助けてくれる。

例を挙げれば、医療、福祉、図書館などの行政サービスにおいては、通訳不在が当たり前で、問題視されることはない。行政福祉サービスにおける申請主義や、申し出がなければ無視するやり方のもとで、知らないでサービスを受けられない人を排除することになっている。

日本では空気を読むことも立派なコミュニケーションで、訴え方次第で裁判結果にまで影響する。従って、空気を読めないこともコミュニケーション障害であり、裁判所も対応しなければならないことになる。

近頃、話題にあがる自閉症スペクトラムは、空気が読めない、身勝手でコミュニケーションができないなどを主な症状とする。しかし、その病名の誕生や個人をそのように診断するなどは、多数派社会にとって都合の悪い人間を排除するためだ、とする考え方もある。

病気なら治療が優先される。だから社会が受け入れる必要はないとして、対応しないことを正当化するのである。

 難民申請では通訳が配置されておらず、外国人が日本語で難民であることを立証しなければならない。日本語ができない外国人に対する対応はない。

通訳と言うのは外国語の通訳とは限らない。身体障害者や知的障害者が病気で入院するとき、慣れ親しんだ家族や介護者なら本人の言いたいことがわかるのだが、完全看護の病院では、病院外の介護も外部の通訳も認めない。面会時間以外は家族の通訳も認めない。

 

この本では触れられてはいないが、コミュニケーション障害と聞けば、誰もが経験する身近な問題が浮かんでくる。

とかく我々は、話が通じないのは相手が悪いからだと決め付ける傾向がある。若者は高齢者のことを、頭が固くて同じ説教ばかりくり返すといって非難するし、高齢者は若者に対し、近頃の若者は自分のことしか考えない、と言って説教ばかりしたがる。

このようなすれ違いは、この本では扱わないが、広い意味ではコミュニケーション障害ということができる。じっくり向き合えば、ともに日本語でコミュニケーションが取れるはずなのに、それができない。年齢の壁を越えて理解し合う人たちも、確かに存在するのだから、どこかに原因があるはずである。これは、互いに向き合う関係が築けるかどうかの関係性の問題である。

そこには、若者を無条件に礼賛し、高齢者を排除しようとする社会風潮と、利益追求の市場原理を吹聴するマスメディアが影響しているだろう。社会風潮や流行に敏感になるとこだわりが生まれ、こだわりは知らず知らずにとらわれとなって、相容れないものを受け入れなくする。

そして、いったんとらわれが生まれると、そこからの解放は難しい。それはカルト的宗教団体にとらわれた人を、そこから解放するのは極めて困難であることを見れば、よくわかる。

コミュニケーションのすれ違いには、利害が絡む場合もある。利害の対立は、立場の対立と言ってもよい。原発再稼動賛成派と反対派とでは、いくら議論をしても理解し合えることはない。相手の立場に理解を示すことは、自分の立場を否定することになる。そこに生活がかかっていたり、所属団体の存在意義まで否定することにもつながる。

権力や力でねじ伏せるというのは、正義や道理を跳び超えて、相手の立場を脅かしたり、えさで釣って服従させることである。資本主義を美化する現代では、資本家が資本の力で消費者をねじ伏せることが当たり前になってしまった。そこにまっとうなコミュニケーションはない。

障害を持つ人がぶつかるコミュニケーション障害を改めてみつめると、相手側にこのような硬直したこだわりの問題や、利害や立場の問題などが根底にあるように思える。改善のためには、障害者福祉の領域に限定することなく、広い視点から見つめる必要があるだろう。

 

 この本は、将来のあるべき社会は、だれもが社会参加し、だれもが排除されることがない社会だ、とみすえており、ぶれることはない。若干物足りない点があっても、現実を見つめなおし、課題を考えるきっかけを与えてくれる。


N


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