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「新しい働き方」の経済学』についての追加

 


『「新しい働き方」の経済学』井上義朗著について意見を述べたが、それでもなお言い足りないことがある。

 

果たしてこの著者は、日本の近江商人の教えを知っているのだろうか。「商売は、売り手よし、買い手よし、世間よしの三方よし」という教えである。

 その教えは近江商人に限らず、日本ではつい最近までビジネスの根底に流れていた。いくら法律を犯していないといっても、客や世間が納得しないビジネスは支持されなかった。

 それが大きく変わるのは、新自由主義という魔物が日本を席巻した頃からである。当初は、「カネを儲けてなぜ悪いのか」という発言や、日産トップになったゴーンの法外な報酬に国民は違和感を覚えたが、次第にそんなことが当たり前となっていった。

 その結果、日本はカネ儲け一辺倒となり、企業も個人もカネ儲けで競争する社会となった。そして、企業が生き残るためには、労働者を効率よく使わなければならなくなった。

リストラの達成度合いで企業が評価され、株価が変動する。長時間労働、非正規雇用が急速に増え、働く人が貧乏になった。政策がそれを後押しした。

 それを黙って見過ごしてきた経済学者が、今さら「社会的企業が日本を救う」というがごまかしの言葉を使って辻褄合わせをしたところで、通用しない。

「社会的企業」とは「三方よしの企業」だと理解するなら、もともと日本経済は「社会的企業」で成り立っていた。そこへ魔物が入り込み、日本全体を儲け主義企業が駆逐してしまった。その結果、「3方よし」ではなく、「売り手」の強欲な経営者だけが豊かになり、「買い手」と「世間」だけでなく、働く人にもしわ寄せが行ったのではないのか。

経済学者はまず、新自由主義の正体をはっきりさせ、それを受け入れ美化し吹聴してきたことを反省しなければならない。ごまかしたり、曖昧にしたまま片付けてはいけない。過去の過ちを反省できなければ発展はない。

 

過去の反省という姿勢ができたなら、もう一歩先に、なぜ儲け主義がはびこるのかという課題が待っている。新自由主義以前に、そもそも明治維新における日本の西洋化を見直す必要がある。 

西洋文明は、個人や国家の利益追求を積極的に擁護する。ある意味では正当なことであり、否定はできないが、一面的にとらえ美化すれば、他人や他国は視野の外になる。それは利益追求のために他人や他国から収奪することの肯定につながる。

収奪は間違っていると誰もが思うはずなのだが、国の支配層は国民が気付かないように仕組んできた。それは今も続いている。

だから、西洋文明大国は過去に他国を植民地にしてさんざん収奪してきたことや、奴隷をこき使ってきた過去を、反省するどころか、気付かないように積極的に仕向ける。

客人をもてなすことが当たり前のアジア、アフリカ、ラテンアメリカ(A、A、LA)の民族に、欲の塊の西洋人が鉄砲を持って現れた。滅ぼされ植民地になるのは当たり前である。

A、A、LAには優れた文化があり、社会秩序を守り平和に暮らしていた。平和、共生の視点から見れば、西洋人よりもはるかに進んでいた。その優れた精神文化が、野蛮な西洋人の強欲のために滅ぼされたのだ。

西洋が豊かになったのは、植民地からの収奪と奴隷労働の結果であることを見逃してはならない。西洋の収奪は今も続いている。西洋の豊かさや西洋の学問芸術を美化し、西洋文明の優越性を唱えることによって、歴史の真実が見えないようにしている。

明治維新と西洋化は、日本が収奪される側になる前に、収奪する側に仲間入りしたということにほかならない。

今も続く西洋の収奪とはどういうことか。

稿を改めて述べるつもりだが、米国のトランプとその支持者たちを見ればわかるだろう。既得権益の温存、擁護、拡大だ。経済植民地の擁護温存や知的所有権の拡大など、もっともっと論じたい。果たして経済学者たちはこれらをどう考えるのだろうか。それも知りたい。


N


・「新しい働き方」の経済学 井上義朗著 (02/09)

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