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こんな本があります

  『東北・蝦夷の魂

  高橋克彦 現代書館2013

 

東北」は本州の一部であり、都(みやこ)とは常に陸続きであったにもかかわらず、歴史のどの時代においても虐げられてきた。普通に考えるなら、なぜだろうと疑問に思うのが当然なのだが、別に意識せず、「ズーズー弁のふるさと」などとして軽く見るのが当たり前になっている。

 東北大震災があってから、日本人のみならず世界の人びとが、大震災から雄雄しく立ち上がろうとする東北人を目の当たりにした。この本は、その心の強さの源を知りたいと思う出版社が、著者にロングインタビューを行い一冊の本にしたものである。

 

著者は、東北人のルーツを古代出雲の「和(わ)」の国に求める。「和」はヤマトによって滅ぼされ「大和(やまと)」が誕生する。戦いをやめた「和」の人々の一部が東北にまで逃れ住み着いた。東北は偏狭の地のため「大和」の支配が及ばず「蝦夷(えみし)」と呼んでさげすんだ。

その後「蝦夷」は、中央政権によって何度も攻め込まれ服従させられる。

阿弓流為(あてるい)は坂上田村麻呂に、阿部貞任は源頼義に、藤原泰衡は源頼朝に、九戸政実(くのへまさざね)は豊臣秀吉に敗れ、そして奥羽越列藩同盟は明治新政府により賊軍とされた。

特に100年続いた平泉は、歴史上の奇跡だったとする。仏教の教えに従い、万民平等、殺し合いのない平和な社会を築き上げた。その歴史上の奇跡が鎌倉幕府によって滅ぼされる。

東北人の心の強さは、中央政府の理不尽な仕打ちにもじっと耐え、苦境に置かれても互いに手を携える。それは、和の精神と慈悲の心からくる、とする。

著者は、「蝦夷」の英雄たちに焦点をあて話を展開する。物語はおもしろく、どんどん引き込まれる。

 

しかし、この本に不満がないわけではない。

いずれも英雄が出現し東北に黄金時代を築くが、それを中央政府が心地よく思わず、理不尽なやり方で滅ぼされるという話だ。中央権力がずるいやり口で東北の宝をぶんどったというパターン化された物語だ。

そこには、東北に対する理不尽な仕打ちがどのようにして生まれたかがない。それぞれの出来事や中央政府の事情は述べられるのだが、それだけでは、アイヌや琉球に対する仕打ちと同列になってしまう。

あたかも無念の英雄物語か、歴史版芸能情報のようであり、ときの中央政府の単なる欲深さや腹いせなどで片付けられる問題ではない。

征服されるまでは平和で豊かだったことが強調されるが、いっとき華やかだった地域が廃れることはよくある。

東北の盛衰を、自動車黄金時代のデトロイト、石炭時代の夕張、化学産業の水俣、銅生産の足尾と同類と見てよいというのではあるまい。また、田中角栄が活躍していた時代はふるさと新潟の黄金時代だったという話でもない。

資源開発や産業のビジネス化を願う人たちは、国際紛争をかいくぐり石油資源を謳歌する産油国や、北海油田で沸くノルウェー、ITのシリコンバレーを、豊かさを象徴する理想像として描き出すが、そのような価値基準で東北を見たいのでもない。

中央権力の理不尽さを強調したいのだろうけれど、東北に限らず、政府はいつの時代も嘘つきで理不尽である。

 

いつも不思議に思うのだが、東北出身者には、関東、関西では根強い部落差別や朝鮮人差別の意識がなく、そんな話題になってもまったく理解できない人が多い。この違いはどこからか来るのだろうか、これまで明快な答えは得られていない。

そこで自分なりにこんなことではなかろうかと仮説を立ててみた。

 

①庶民はみな豊かだったので、心も豊かで他人を差別する必要がなかった。

②庶民はみな貧しく、自分たちを不幸な最下層と認識していたので、他人を差別する感情など生まれなかった。

③為政者が平等、公平で差別を許さなかった。しかし③は、殿様が贅沢できないのだから、まずあり得ない。平泉の黄金の100年は、藤原の殿様が万民平等を唱えていた、と著者は言うが、中央との比較の問題で、殿様が百姓と一緒に食事できるはずがない。身分の差があれば、程度の違いはあっても差別があるということだ。

 

庶民は豊かだったのか、貧しかったのか。専門家たちはまったく別のアプローチをしているのかもしれないが、いずれにせよ、庶民の間に差別意識が芽生えるかどうかには、庶民の生活が深く関わってくる。

歴史を論じる場合の通例だが、この本も為政者、支配者たちの歴史で、農民や庶民は何を思いどう生きてきたのかはない。著者には、そこにも目を向けてほしかった。

ひょっとして英雄物語にしなければ、本は売れないのかもしれない。それが現代作家の生き残る道だと言うなら、読者をとことんバカにした話だ。

「和」国をルーツとする「蝦夷」に差別のない歴史があったのなら、それを紐解くことで、日本の障害者差別、部落差別、マイノリティー差別に対する理解が深まると考える。

 

東北・蝦夷の魂」という言葉が出れば、『ケセン語入門』の著者、山浦玄嗣先生を忘れてはならない。

東北三陸の大船渡出身で、東北大学で癌研究の傍らケセン人の言葉に関心を抱いた。この文章の筆者は、東北大学で共に研究に明け暮れた後輩にあたる。

ケセン人とは三陸地域に住み着いた蝦夷の一派を言う。山浦先生は、地域文化ということではなく、独立した文化であることを強調する。だからケセン方言ではなく、ケセン語なのである。

日本は単一民族で、単一文化を持つと強調されるが、決してそうではない。沖縄人、アイヌ人、蝦夷は明らかにヤマト人とは別民族である。渡来人もいるし近代以降の朝鮮半島出身者も多数住み着いている。被差別部落も多数あって、文化が単一に形成されたとは決して言えない。それぞれの文化が影響しあって日本文化が成り立っている。だから、都合によって個々の文化を消し去ったり差別したりするのは間違っている。それぞれの文化を、畏敬し大切にしなければならない。

山浦先生はケセン人だから、消え去ろうとしているケセン文化を伝え残そうとしている。だが、他の文化も畏敬し尊重する。もともと研究者だから、訴えたいことがはっきりしていて、論理も明確である。

この本の著者が東北をえこひいきしたい気持ちはわかるが、山浦先生をどうしても出さなければならなかったのは、もっと東北を客観的に見てほしいからである。

今の著者のような見方では、もし東北人が権力を握るようなことがあれば逆差別につながるからであり、そのような見方では差別の問題は解決しないからである。

そうはいうものの、この本が東北の歴史に目を向けるきっかけになってくれればありがたい。

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