一冊の本『日本一周自転車旅行』が 私の人生を変えた
私の人生を変えた
大嶋 寬
中学生のとき、小山市の三夜通りにあった小さな本屋で、『日本一周自転車旅行』という本を買った。新書版で、1963年大和書房の出版だ。著者は小林鉦明という若者で、埼玉県都幾川村出身である。
本は、著者の10ケ月間の自転車旅行の記録である。自転車は、本格的なものでキャンピング仕様のオーダーメイドであった。本の内容は、野宿したりユースホステルに泊まりながらの紀行文のスタイルだが、巻末には装備表、日程、旅費などがとても詳細に記してある。
この著者の何とも言えないおもしろさは、夏は南に行き、冬は北に行くという普通とは逆のコース取りをするところにも見られる。
今から51年も前の出版であるから、自転車旅行の先駆けになった本だ。
本を読んだときは予想もしなかったが、10年もしないうちに、自分自身が初めての自転車旅行に挑戦することになった。日本の北半分の東北・北海道一周の自転車旅行だ。間違いなく本の影響である。
本の影響がもう一つある。この本の著者にならって、私は記録をつけることが習慣になった。初めての自転車旅行の日記には、大切な情報が全て記録されている。
1973年7月30日に出発、11月24日までの118日間の走行距離は6,450km、旅費は21万8,660円であり一日当たり1,853円だった。
旅費の額を自転車仲間に話したら、「贅沢だなぁ、その半額が妥当じゃないか」と言われた。私にしてみれば、初めての自転車旅行だったからしかたがない。
日記をたよりに旅行のエピソードを紹介したい。
一つは、サロマ湖のユースホステルで知り合った4人と撮った記念写真だ。お互いに住所を教え合いながら分かれたが、仕事が忙しくなり写真も送らずそのままになっていた。
50年後の最近、3人と連絡がとれた。残る一人には、特別な思い出がある。サラマ湖ではじめて出会い、その後分かれて別々に出発したにもかかわらず、途中でバッタリと3回も出くわした。コース取りが似ていたとはいえ、余りの偶然に縁を感じた。
彼は佐賀県出身ということで栃木までの帰路を共にし、私の実家に寄ってもらい交友を深めた。彼には、近いうちにサプライズで会いに行こうと思っている。
紹介したい話はまだまだある。
カレーライスばかり出すユースホステルがあった。雨で連泊すると連日カレー攻めになる。私は3日間のカレー攻めにみまわれた。
当時のユースホステルは、日中は雨でも外出しなければいけない規則となっていた。
その時見た映画が、「男はつらいよ」第11作 、「寅次郎忘れな草編」だ。ヒロインは、浅丘ルリ子だった。
この自転車旅行の帰路で、第一次オイルショックのニュースを知った。スーパーからトイレットペーパーが消え大騒ぎになった。その頃から物価が急激に上がり始めた。
自転車日記は、時代をそのまま記録している。読み返せば、当時の人々の営みや時代の変化が手に取るようにわかる。
北海道旅行は楽しかった。旅の仲間とはすぐにうちとけ仲良くなれた。知り合った人たちとのつながりがいまだに続いている。
時代が変わり、最近は見ず知らずの他人に対する警戒心が強くなってきた。しかし、自転車旅行の楽しさは、いつの時代も変わらない。自転車を愛するものどうしでは警戒心がない。初対面であっても気軽に話かけることができる。
自転車旅行は、人と人との出会いの場をつくる。話を交わす中で人と人とのつながりを生む。そんなことがわかるのは、記録があるからだ。
一冊の本が、私の人生を変えた。自転車旅行の喜びと、記録することの大切さを教えてくれた。この本との出会いから、私の人生が始まったと言っても過言ではない。
20/11/12