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差別ヘイトと向き合える社会とは

―――日本とニュージーランド、二つの虐殺事件

 安積宇宙 ☆☆☆☆★★

 季刊福祉労働167巻2020年夏号、1200円+税)より

 

 雑誌は、著者が書いた原稿を掲載する。書籍に比べると編集者の介入は少ない。広く支持を集める内容に限らず、ときどき反発を招いたり、議論を巻き起こすような内容も掲載される。だから、雑誌は言論の最前線といえる。

 雑誌を読んでいると、ときに、とびっきり斬新な発想や、びっくりするようなとんでもない意見に出会うこともある。それは、読者の共感を呼ぶ場合であっても、逆に反発を招く場合であっても、間違いなく読者の思考を深める。そこで問題意識を抱いたなら、次は自ら発信すればよい。

 

季刊福祉労働167巻を読んでいて、安積宇宙さんの連載記事に大きな示唆を受けた。記事のタイトルは「差別ヘイトと向き合える社会とは―――日本とニュージーランド、二つの虐殺事件」だ。

季刊福祉労働のこの号は、特集の一つに津久井やまゆり園事件が社会に残した「宿題」を取り上げている。この雑誌はこれまでも幾度か津久井やまゆり園事件を取り上げており、この問題に積極的に取り組んでいる。

安積さんの記事は特集コーナーにはないが、主張していることは特集テーマに大いに関連する。

2016年の津久井やまゆり園事件と、2019年にニュージーランドで起こったクライストチャーチ銃乱射事件とを並べ、日本とニュージーランドの対応の違いを見ている。

両国間で大きく違うのは、事件の報道のされ方である。犯行声明や犯人の主義主張について、日本では積極的に報道されたのに対して、ニュージーランドでは報道されなかったことだ。

日本で犯行声明や犯人の考えが詳しく報道されたのを受けて、犯人に共感する声がネットに拡散した。

障がい者家族や、大変な苦労をして障がい者を介護する人たちの中に、「犯人の考えもわかる」といった発言する人が現れ、ネットでは「共感する」と書き込まれ歯止めなくどんどん拡散していった。

 それに対しニュージーランドの首相は犯行直後に、国民とメディアに対して、犯人の名前や主義主張を語らないこと、メディアはそれを取り上げないことを要請した。「これはテロである。国民共通の考え方に反する」とし、悪しき考え方に毒されないように対処したのである。

 国民もメディアも要請に応じたので、犯行声明など犯人の主張は一切公表されなかったし話題にならなかった。政府とメデイアの対応は、ニュージーランド人の支持を得ているそうだ。

 犠牲者に対する扱いにも大きな違いがあった。

 ニュージーランドでは、国をあげて犠牲者を追悼し、悲しみを共有したのに対し、日本では家族の願いだということで犠牲者は匿名にされ、皆で追悼するという取り組みはなかった。

 ニュージーランドでは、犯行のターゲットにされたイスラム教徒に対する理解と交流が生まれていった。それに対し、日本で犯行のターゲットにされたのは障がい者たちであった。重度障がい者たちは「次は自分がターゲットにされる。恐ろしくて街へ出ることもできない」と訴えた。著者もその一人である。

 著者は、ニュージーランドの対応はすばらしい、日本はニュージーランドから学ぶべきだとする。

 

 この記事を読んでギョッとした。

 津久井やまゆり園事件に対する日本の報道姿勢にとても憤っていて、ニュージーランドから学んで欲しいと訴える著者の気持ちはよくわかる。そのことは十分伝わってきた。

 だが、日本での事件とクライストチャーチ銃乱射事件とを単純に並べて感情論で比較するのはよくない。別々の問題を二つ並べて比較するのは難しい。両事件には共通点もあるし共通しない点もある。まずそこを明確にしなければならないと感じる。

 犯人を犯行に至らしめた主義主張や犯行の社会的背景には共通性がない。しかし、例えば、主義主張のために無差別殺戮を実行した点は共通するので、この点だけを特定するなら比較は可能である。残念ながら、著者はこの問題に気付いていないようだ。

 

 この記事ではそれ以上に気になる点がある。比較するうえでの判断基準があいまいな点だ。

 報道のあり方を問題視するなら、その前に報道を評価するものさしをはっきりさせなければならない。

 民主主義を擁護する人たちがメディアに共通して求めるのは、客観報道、価値観に縛られない報道、権力に支配されず報道の独立性を守ることである。そのような基準で判断するなら、ニュージーランド政府とメディアの姿勢は、重大な間違いを犯しているといえる。

 ニュージーランド政府は、国民を幼稚園児扱いし、政府の判断で悪い影響を与えるニュースを隠す。そのやり方は、全体主義と同じではないだろうか。

 ニュージーランドは観光立国で、観光客に心地よく感じてもらわなければならない。国民生活は豊かで心配事はなく、みんな仲良く暮らしている。国内に紛争やもめごとはない。政治的な対立もない。観光客の安全が保証され、訪問者は暖かく迎えられ友好的なおもてなしを受ける。ニュージーランドは世界中にそのように発信し、観光客はそのような印象を抱いてやってくる。

 ニュージーランドは、世界中で巻き起こる紛争や混乱からは隔絶された場所に位置する。寝る間も惜しんで働いてきたビジネスマンが、仕事を忘れてのんびり休暇をとるにはちょうど良い。都会の人間が憧れる雄大な自然がある。都会人が求める快適さ便利さもある。しかも治安がよいし、国をあげての至れり尽くせりのサービスがある。そんなニュージーランドでは、銃乱射事件など起こるはずがない。

 だが、こんなイメージは、ニュージーランドの国家ぐるみの印象操作かもしれない。そこには、自国の条件をうまく利用し自分たちだけは豊かになるといった、近代西欧文明が唱える歪んだ国家観が背景にある。

 ニュージーランドはもともとイギリスの流刑地であり、関りのある人たちが住み着きその子孫たちが勝手に国家の形をつくり上げた。原住民から土地やもの、労働力や命までをもさんざん収奪して豊かさを築いてきた。今も原住民族は差別と偏見にさらされ困難を強いられている。

 既得権益を擁護するために、移民受け入れは自分たちの基準で決まり、お気に入り民族、国籍、宗教に制限される。難民受け入れは消極的となる。

 平和で治安のよい国だという表看板を汚したくないから、世界で頻発する紛争には決して関らない。宗教の問題は存在しないことにしたい。テロが起きる原因は一切ないことにしたい。

 報道規制の裏には、そのような事情があったとも考えられる。それは既得権益を擁護するためであり、その思いはニュージーランドに暮らす西欧人種に共通するが、他人種や世界の人々からも支持されているとはいえない。

 

 その一方で、日本の報道姿勢には確かに問題があった。しかし、だからといってニュージーランドのように報道規制せよ、ということにはならない。

 犯行声明や犯人の主義主張を報道したことが悪いのではない。報道のやり方に問題があった。

 誤解を受けるかも知れないニュースを報道するときは、注意を喚起しながら報道する。解説員が解説を加えたり、コメンテーターがきちんとコメントする。誤解を生まないように努力して報道する。それらの当然のことがおろそかになっていた。

 「犯人の言い分もわかる」という言葉が、疑問符もつかずに共鳴され拡散してしまうような報道のやり方がまずかったのであって、報道規制をしなかったことは間違いではない。

 逆に報道を規制したニュージーランド政府のやり方には、言論の自由や民主主義のものさしから問題が残る。果たして、他の読者はどう考えるだろうか。

 

 日本の報道姿勢にはもう一つ重要な論点が残っている。犠牲者に対する哀悼の姿勢が欠けていた点である。これに関しては、著者の思いに共感するし、ニュージーランドから学んで欲しいという訴えに全面的に賛成する。

 これはメディアだけの問題ではなく、政府や国民も含め社会の問題である。つまり日本の社会は差別と偏見をある意味で許容しているといえる。

 そのように考えると、犯行声明や犯人の考えは、日本社会にとって都合が良いからどんどん報道され、犠牲者に対する哀悼の姿勢は都合が悪いから報道されなかったとも考えられる。ニュージーランドも日本も都合の良いことだけを報道したという点では変わりがない。

 この問題については簡単に結論付けることができないので、次の機会に回すことにする。準備を進めるうえで、このブログを読んだ人に次の2点について協力してほしい。

 

1.津久井やまゆり園事件を受けて、政府、メディア、団体、個人などの声明や意見表明がほとんど見られないことを、どのように考えるかを教えてもらいたい。小数の団体と個人が意見表明しているだけである。

何も言わないことは、犯人の考え、障がい者はいないほうがよい、を受け入れるのか。このままでは、犯人の考えが社会に許容されたことになる。

 

2.犯人に接見し考えを正そうという人が何人もいた。それでも犯人が考えを改めることはなく、死刑判決後も反省していない。

ということは、同じ考えを持つ人間が現れ、犯行を予告したとき、誰も思いとどまるように説得できない、ということだ。みなさんなら、どう説得するか、意見をうかがいたい。誰も説得できなければ、日本社会は犯行をしかたないとして許容することになる。


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